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ピアノ教室コンセール・イグレック♪


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音楽に大切なもの

投稿日:2011-05-20

5月15日、日本ピアノ教育連盟東海支部の主催で、恩師小林仁先生の講演「日本人にとってのショパンのマズルカ」を聞いた。

 

日本人にマズルカが分かるのか、など兎角マズルカの演奏はむずかしいとされるけれど、ポーランドの民族舞踊としてのマズルカを分からなければならない訳でないとしながら「ショパンのマズルカを読み解くには?」という命題を、3つの観点から紐解いてゆく。

 

「AであるということはBである可能性がある。少なくともCということはない。」こういった考え方は、楽譜を読み、そのなかの音楽を紐とき考えてゆくとき、極めて有効な方法だ。

 

私たちは「ここはfですよ。」「ここはアクセントが書いてあるでしょう?」みたいに訳もなく書いてあることを忠実に守っていれば演奏が出来上がるかのように学んできている(と思う)が、楽譜の中身というのはじつにさまざまな情報に満ちたもので、1曲1曲をいろいろな視点から見つめ直し、吟味し、考えを深めてゆくべきものなのだと思う。

音楽は、奥深いところでは断定的なことより疑問形のほうがはるかに多い。

 

「ショパンの弟子レンツがショパンのレッスンを受けているところにマイヤベーアが入ってきて、演奏中のこのマズルカ作品33-3は2拍子ですね、と言った。ショパンは弟子に代わって3拍子だと言って演奏してみせたが、尚もマイヤベーアは2拍子だと主張したため、ショパンが激怒した」という有名なエピソードを引合いに出しながら、マズルカの拍感についての熟考に入ってゆく。この辺り、先生流石だなぁ、と聞いていた。

 

音楽はわからないことだらけ。「マズルカは2拍めもしくは3拍めにアクセントが置かれる。」など、こうこうこう、と定義されてもそれだけで単純に解決できないことばかり。

そこを「〜であるということは、〜であると言えまいか。」「〜であるということは、〜を導くのではないだろうか。」といった考え方はとても大切な構えと思った。

 

常々教えることに従事していると何でも決めつけて教える場面も多いし、生徒たちもそうして何でも教えてもらえるものと信じている訳だけど、音楽はそういつも簡単に割り切れるものではない。・・・そうやって考えを深めながら生徒たちにも考えを導いてゆく、という姿勢は、相手が小学校3、4年生にもなれば有効だと私は思っている。

(そもそも私の幼児入門ではピアノを始めて数カ月の3、4才児にでも、ド、ド、ドーとだけ弾く生徒の音に様々な伴奏をつけて、どれが一番よかった?、こっちとこっちではどんな風に違って聞こえた?など、生徒本人の考えをしっかりと導いてきているから。・・・)

 

またここ数年考えてきていることで生徒たちにもレッスン中しょっちゅう話している、よく音楽の教科書に書いてある、1拍めのアクセント=強拍の概念に対する懸念についても、先生のお話のなかで束の間だが触れられて、嬉しく思ったりした。

 

「拍のカウンターウェイトがあるのがマズルカではないか。とすると、ショパンのワルツ第7番、第10番などはどうしてもワルツというより、マズルカに聴こえる。ショパンにとってのワルツは異国のものであり、どうしてもマズルカ的(ポーランド的)要素がみられるのではないか。」

・・・先生はこうして楽譜を丹念に読み解いてゆかれる。

 

こういった多角的で抽象的な考え方は、音楽を深く理解してゆくのにたいへん大切な鍵になる。

 

晩年のマズルカでは、ポリフォニックな傾向が出てくるが、バッハが好きだったというショパンも「ロマン派の時代においては、今の時代のようにバッハなりのすべての作品を知る由もなく、平均律は全曲知っていたとしても、たとえば”音楽の捧げもの”といった作品は知らなかったのではなかろうか。」・・・ 先生にかかると、音楽史も立体的に見えてくる。 

 

小林仁先生の講義、私にはとても有意義でわかりやすく、楽しかった。

 

音楽祭ラ・フォル・ジュルネ金沢2011(追記)

投稿日:2011-05-09

5月5日

10:30、金沢在住の友人と待ち合わせ。

駅前のLFJの旗もきれいに片づけられていて、さぞかし昨夜はたいへんな熱気だったことでしょう。ちょっぴりさみしい感じもする。

 

友人の案内で、まず金沢港にほど近いしょうゆの町、大野町へ。

ちょっと古い街並みがほっとさせる。五月晴れで清々しい。

すこし歩いて、美味しいお寿司の店へ。

 

         Ono-machi

 

その後、長町武家屋敷跡界隈から尾山神社へ。足軽資料館がおもしろい。

 

  Nagamachi Buke Yashiki Nomuras

 

        OyamaShrine

 

そこから昨年立ち寄って気に行った東茶屋街のお箸のお店へもう一度行きたいと言って、連れて行ってもらう。

その後、主計町のほうへも足を伸ばす。暗がり坂、絵になるね。 

 

       Higashi-cyayagai

 

 

     

  Kazue-machi         kuragari-zaka

 

 

さぁ、足早にいろいろと連れて行ってもらったが、そろそろバスの時間だ。

 

早耳情報では、来年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンはロシアもの(ムソルグスキー、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ショスタコビッチetc.)に焦点をあてる、とか。・・・

楽しみである。

 

音楽祭ラ・フォル・ジュルネ金沢2011(2)

投稿日:2011-05-09

5月3日

11:00庄司紗矢香、タテアナ・ヴァシリエヴァ、ミシェル・ダルベルトによるシューベルト:ピアノトリオ第2番。やはり何といっても庄司の人気で、早くから完売だったらしい。

庄司紗矢香のvln、凛とした音色のなかに優しさ、健気さが感じられ、T-Z-T、T-X-T、オクターブ進行のなかの深い音程感の表現が見事で、ダルベルトのやや厚みのある音構築さえも庄司の奏でる単旋律が、明確な方向にぐいぐいと力強く引っぱってゆく。

心の襞にある感情をえぐり出してゆくようなシューベルトの音楽は、やはり圧巻。感動した。

 

午後、2つのオケをはさんで、15:00オリヴィエ・シャルリエによる「幻想曲」とアンドレイ・コロベイコフのピアノソロで「さすらい人幻想曲」。どちらもリリカルな曲で、vln&pianoでは2人の対話、斉唱が美しく歌いあげられる。「さすらい人〜」は何と魅力的な演奏だったことでしょう。音群を映像でも見るかのごとく立体的にはっきりと構成感ある明確なタッチで浮き彫りにしてゆく。とても快い演奏だった。

 

16:30〜のライプツィヒ・カルテット&アンリ・ドマルケットのチェロのメンバーで、シューベルトの弦楽クインテットをはさみ、18:00シャルリエ&OEKでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調を聴いた。

気品のある甘美な雰囲気を漂わせる曲で、シャルリエの風格ある音がこの曲でいっそう映える。

きょうの締めくくりに、大いに満足。

 

ホテルに戻る前に買いものを、とJRコンコースに差しかかると、東京大学音楽部管弦楽団のコンサートが始まったところだった。道すがら耳にしながらスーパーへ。ちょうどレジで、フランソワーズ・モレシャンさんご夫妻の姿をみかけた。

 

5月4日

今回の震災関連で海外演奏家の公演キャンセルが相次ぐなか、この「ラ・フォル・ジュルネ」でも一部予定していた演奏家、それに付随する曲目の変更があったが、この日の朝楽しみにしていたオーケストラ版「死と乙女」が変更になったためチケットをキャンセルし、交流ホールでの半券で入れる東京大学音楽部管弦楽団のコンサートにふらりと出かけた。指揮は現田茂夫。大学時代の同期だ。前のほうに席がとれる。彼の細やかな指揮振りは感動的。楽しめる公演だった。 

        

      The University of Tokyo Orchestra

 

12:30 ここから日帰りで参加の友人、森崎一子さんといっしょに聴く。

まずはアンドレイ・コロベイニコフによるシューベルト・ピアノ作品の数々。昨日の「さすらい人〜」でも思ったが、推進力のある個性豊かな演奏は印象的で、10指の音に誠実、という感じ。敬服。

 

15:00 ライプツィヒQで「ロザムンデ」。昨日とうって変わって信じられないほど繊細な音にまで各部弾き込まれていて、甘美で優しい表情に包みこまれる。

 

16:00 OEK井上道義指揮&M.ダルベルトのピアノでリスト編曲による「さすらい人幻想曲」ピアノ・オーケストラ版。このたいへん意欲的でレアなプログラムでのピアノパートは、シューベルトというよりそこはリスト。ダルベルトがゆでダコのように真っ赤な顔になって弾いている。

こうしてこの曲を聴けたことは幸せだ。

 

  Michiyoshi Inoue & Michel Dalberto

        Michel Dalberto : encore

 

 17:15 ホルツマイアーのBr.で、シューベルト「白鳥の歌」。

表現力いっぱいのキャラクターで、時に寒く震えあがるような哀愁や孤独の表情、春風のような優しくあたたかな憧れの表情などきめ細かなニュアンスが綿々と謳いあげられ、感動的。ホルツマイアーのファンになりそう。

 

       Wolfgang Holzmair

 

18:30 ここで森崎さんを足早に見送り、アンヌ・ケフェレックのpiano、吉田秀のcbとライプツィヒQでシューベルト「ます」。

私にとっては中学生の頃に地元音楽家による演奏を聴いて以来だったが、とても重厚で緊密なアンサンブルで、オーケストラの響きを感じるほどに充実していて素晴らしく、感動した。

音楽祭フィナーレにふさわしい熱演だった。

 

今回こうして様々な分野のシューベルト作品を数多く聴くことができて、幸せだった。シューベルトは31才という短い生涯のなかでほんとうに日記でも綴るがごとくに曲を書いたのかと思わせる。

その作品は宇宙的な視点にもとづく優しさに満ちて、聴く者に安らぎと穏やかさを与えてくれる。

 

またヨーロッパにおいてでさえクラシック離れが言われる昨今、今年も優れた演奏家を紹介し、このような形でヨーロッパ音楽の歴史に触れる機会を各地に提供するルネ・マルタン率いる「ラ・フォル・ジュルネ La Folle Journee」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%8Dの存在と心意気は、つくづく素晴らしいものと思う。

  

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