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ピアノ教室コンセール・イグレック♪


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コンサートを終えて

投稿日:2014-05-15

先週末5月10日に司法書士会名古屋東支部主催のコンサートがあり、バッハ、ドビュッシー、ショパン、リストなど40分弱ほどのソロをこなしました。

 

バッハ=ヘスの「主よ人の望みの喜びよ」では、「ドイツ調の定型的な演奏ではなくてフランス調になっていることに、流石黒田先生の演奏と思いました。」とご感想。アンコールにはリクエストに挙がったオリジナルはオーケストラ曲の「The Walzting Cat」を入れ、ピアノ編曲の裏にあるいろいろなスクリーンの情景イメージがひろがる音の遊び感覚を盛り込みたいと思い弦楽器のポルタメントの感じや、表情の変化などを結構練習しました。合いの手のように入る打楽器の音は笛の音で代用しようと家の中を探しましたが、家にあった笛は大きめで音がイマイチわるい!・・・それで護身用のちいさめのホイッスルストラップをネットで手に入れ、到着したのが3日前。私自身楽しんでさらいました。(^^♪

「The Walzting Catでは小道具もご用意いただきまして,大変楽しいアンコールでした。元アマオケのメンバーもおりまして,アンコール曲をピアノで演奏していることに驚いておりました。」 ありがとうございます。


        


コンサート後は会場だったホテル内のレストランで、ご依頼主さまの奥さまと楽しい夕食のおもてなしを受け、ゆったりとした時間を頂だいしました。     


   

 

私自身としては、プログラムの最後にリストの超絶技巧練習曲「ラ・カンパネラ」を取り入れ、ひとつの挑戦でしたが(リクエストに挙げられた3曲中の1曲でしたが、演奏経験のある曲ではありませんでしたので)、2月の末に発見したある定義が自分の中で明確に証明され、大きな前進となりました。それは初めてフランスに学んだ20代のころからず〜っと疑問に思ってきた西洋人と日本人感覚の差異についての考察が或る点において明確に論じられるところまでに達したもので、その定義がどんなものかはここでちょちょいと書けるような代物ではございませんが、経緯を振返ってみようとパソコン内をチェックしてみると、3月20日しらかわホールへアンドラーシュ・シフのピアノリサイタルを聴きに行った日の晩にアメリカ研修中の社会人生徒とのやりとりでのこんな自分のメールが残っていました。 

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・・・つまりは、「音楽は時間の芸術だ」ということ。

ピアノ演奏に必要なことは、時間軸のなかでの流れの配分をどう取るかということと、音響のコントロール。これに尽きる。

私は長い時間をかけて音(=タッチ)の研究をしてきましたが、時間軸をどう捉えるかということについては、西洋人と日本人の差異が邪魔をして、ほんとうに、厭になるほど長いながい間、一進一退しながら考察を深めてきたのです。でもある時、2月の終り頃だったかな? ふと気がついたことがありました。ほんとにその一歩手前までの考察は、これまで何度も何度もしてきたのに。・・・ある時パァ〜っと広がって、みるみるうちに合点してしまった、という感じでした。

いろいろな研究もそんなものなのかもしれませんね。アインシュタインとか天才の発見なんかも、ちょっと角度を変えたり、ちょっとした視座の転回がおこなわれたときに、気がつくものなのでしょうか。それも必死になってるわけじゃなくて、なにかふとした拍子にね。7,8年ほど前に作曲家Yuki Morimoto氏のレッスンを受ける機会があり、それ以降氏のアフタービート(=バックビート)についての考察(「西洋音楽論」森本恭正著/光文社新書)が、私の頭から離れたことはありませんでした。それはヨーロッパ言語のアウフタクト感とも繋がることであり、ヨーロッパに音楽を勉強に行った者なら、おそらく誰しもがぶつかる壁です。(それでも日本に戻り日本のなかで音楽活動していれば、ジャパニーズイングリッシュに馴染んでゆくように、ジャパニーズクラシックなるものに慣れて忘れてしまうものですし、忘れないにしてもそこを突詰めるとやっていけないというジレンマが付き纏うものでしょう。)

Morimoto氏の作品も演奏もすこぶる深い洞察に満ちた感動的で素晴らしいもので、この著作にある言及をはるかに超えるものです。しかしながらMorimoto氏は、このバックビートを「強くする」という表現に終始していて、無論こういった考察を活字に表わすことはとても難しい話ですが、氏の文章表現に或る種のぎこちなさを感じ、私にはすこし不自然な気もちが残っていました。そうしてそこを一歩拡大してある考察に至ったとき、ほんとうに様々のたくさんの事柄が解明できてきて、耳が変わりました。きょうのA・シフの演奏を聴いても、自分の論理に間違いなしと確信を新たにしました。・・・

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その後4月には、青柳いづみこ先生のレクチャー「フレンチ・ピアニズムの系譜」やパリ音楽院のイヴ・アンリ先生のレッスン聴講など、とても有意義な情報の連続があったこともラッキーでした。

 

今回初めて手掛けた「ラ・カンパネラ」では、最初のひと月は譜面を眺めながらテクニカル面のアナリーゼと基礎練習のみ(まだこの時点ではプログラムに入れる気はありませんでした。)、ふた月めにやっと譜面の練習を始めて楽曲アナリーゼ、3か月めの後半に入って弾き込みに入り、アーティスティックな面を深めていきました。仕上げの段階でほぼ回り道なしの練習時間がもてたのは、この発見の成果です。

 

上級者のレッスンでは解説の折にその内容に触れると、みな目から鱗が落ちたような顔になって、演奏が私の目の前で変わります。音大生や60代シニアの方まで、長年ピアノに携わってきている社会人生徒たちは、もう十分といえるほど長いあいだ、無意識的にもそのギャップを絶えず感じ、快く思ってきていないはずですからね。もちろんこれから経験を重ねてゆかねばいけませんが、これで演奏前や後の葛藤からも解放されてゆくことでしょう。

初級者レベルの生徒たちには、感覚でそれを伝えます。幼児入門や初心者クラスの生徒レッスンでは、お母さま方に一般論のピアノレッスンや音楽の受けとめ方との違いを話し、いかにこちらのほうが自然かということを話し加えています。形骸化された知識と実践とが違うことはよくあることですし、芸術の世界ではなおさらです。なかなか一歩を踏み出せないでいる日本語感覚?の生徒もいますが、正しい経験を若いうちに重ねてゆけば、将来この西洋感覚を体得し、ピアノを生涯楽しんでいける子供たちに成長するに違いありません。もちろんすでに立派に変わりつつある生徒もいて、頼もしい限りです。

 

私自身もこれから時間をかけて演奏レパートリーを深め、新たな視点でいろいろな曲に取り組んでゆきたいと思うところです。


   

 いろいろな意味で、周囲に感謝の思いでいっぱいの日々、幸せに思います。  

 

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    コンサート3日前の午後、夕食の準備中右手親指にケガ!でも打鍵であたる場所とはちょっと違い、ピアノにはセーフ。でも日常生活の思いがけない数々の場面で、ちょっとタイヘンでした(*^^)

 

京都のしだれ桜(2)

投稿日:2014-05-01

2日めの朝は阪急電車からバスに乗り継ぎ、善峯寺に向かいました。

お天気は抜けるような青空。

だいぶ山あいに来たナ、っていう空気。バスを降りるとハイキング道のような感じで、急な坂が続きます。

広い境内をゆったり歩く。朝がチーズとヨーグルトだけだったので、お腹が空いてくる。

展望台 でひと休みの後、メモしておいた時刻に合わせてバス停へ。

 

  

 (善峯寺から京都市内を望む)

すこし道を戻ったところに、もうひとつの見どころの十輪寺があります。

 

  

   (閑静な十輪寺)

 

十輪寺はJRのキャンペーンなんかでも取り上げられてメジャーになったようでしたが、すこし散り初めとはいえ、花がまだ残っていて、ほんのり薄桃色が可愛らしい。在原業平のお墓のある、落ちついたいいお寺ですが、次のバスまでだいぶ時間が。外へ出ても何もないし、・・・ということでお寺のお庭のいすに座り、のどかなひととき。

ふと見やると、まよわずの鐘というのがあり、「本堂に参ってお布施をし、鐘をついて音が消えるまで息を止め、音が鳴りやむ寸前に迷っていることを聞いてみよ。音が消えたときに悟りが聞こえる。」といったようなことが書かれてあり、やってみました。

これがすっごくいい音で、心身あらたまります。

「鐘の音が消えるまで息を止める、って〜?!そんな修行でもしたら、有能なダイバーになっちゃうよ。」ってこころの中では苦笑いしながらも、鐘の音の成行きに集中です。音がだいぶちいさくなった時に鳥のさえずりが聞こえてきました。お庭を眺めていた時からうぐいすの声もよく聞こえていました。そうしていよいよ音がちいさくなると、さ〜っと木の葉のざわめきと風のそよぎが耳に入ってきました。そして予てから迷っていたことを「このままでいいのでしょうか。」と聞いてみました。すると次の瞬間、音の消え際に入って、「作為することはない。あるがままでいいのじゃないか。そうして機が熟せば、なるように成るのだ。」という言葉が聞こえました。

まったくもって、禅の教えです。こころに響く真に美しいこの「まよわずの鐘」の音に、私のこころは浄化されたように、気もちが楽になりました。

不思議な経験でした。

 

さて残りの時間をどうしようか、と思いながら阪急電車の駅まで戻り、観光案内所で耳にした「原谷苑」、ちょっと遠そうだけれど、さっき善峯寺の展望台でおしゃべりを交わしたご夫婦にも素晴らしいわよ、と教えていただいたので、行ってみることにしました。

タイムロスはなかったものの、バスの乗換え場所にすこし迷いつつ。・・・着いた時は、すこし日が傾きかけていました。

 

  

 

それでも、この美しさ。

広いお庭の至るところに、お茶処に置いてあるような大きなベンチが設けてあり、なかにはこの上で寝っ転がっているひとも。

ほんとにおとぎの国にでもさ迷い込んだような感触。・・・

 

 

日本版「モネの家」かしら?!

ほんとに綺麗なお庭でした。

 

こうして京都のたくさんの枝垂れ桜に、「雅のこころ」を想うよき旅となりました。

京都のしだれ桜(1)

投稿日:2014-05-01

4月中に桜の写真を!と思っていたところ、カレンダーが替わっていました。(^^♪

 

4月の第1週めは、中日ピアノグレードテストのシーズン。

今年は暖かく、高山審査に出かけたときもいつもは冬装備なのに春爛漫のいでたちで十分。飛騨川沿いに走る電車。美しい清流に満開の桜のうすいピンクが映えて、とてもきもちよいひと時でした。

名古屋審査にはうちの教室からも、小学生、高校生、社会人の生徒1名ずつが参加し、全員が進度優秀者に選ばれ、皆それぞれに自信をもてたようです。

このテストは課題曲にあたるツェルニーなどのエチュードと自由曲の2曲で参加するのですが、初めはエチュードのほうの仕上げ度がよくわからないでいる生徒もこのテスト参加を継続することでエチュードに秘められた基礎力というものが何であるのか、ということを自ずとつかめてゆけるという素晴らしさがあると思います。このテストを経験している生徒たちは、私の生徒のなかでも上達ぶりがひと味違います。

 

さて名古屋の桜も早かったですが、私が気分転換にと京都旅行を予定したのは、4月10日。

もう京都も桜終わっちゃっているよね、と思いながら、でも京都はKyotoだし、なんて慰めながら向かいました。

まずは一日前に京都日帰りに出かけていた名古屋の友人のアドバイスで、京都御所へ。

 

    

 

御所一般公開中ということで、出かけてみるとまるでひとつの美術館鑑賞をしたような気分です!

 

    

 

そのあと毘沙門天へ。手前の山科疏水が見事でした。 

    

 

すこし歩いたので、ホテルにチェックイン。

 FLAVOR'S の野菜ケーキを堪能し、夜に備えます。

この日は「平安神宮枝垂れ桜コンサート」の初日。

 

枝垂れ桜も楽しみですが、この日以前NY旅行の際に現地で意気投合し、いっしょにいろんな観光をした京都在住の友人、・・・と言ってもその後大阪で何度かお会いして以来、15年?ひょっとしたら20年近いかも?ということで、もう朝からワクワクなのでした。

入り口で待合わせし、着いた途端携帯が鳴り、「わぁ!」

もういつも元気で前向きで爽やかハッスルママの彼女、ホント変わってなぁい。若い!この日も、私の週明けに入ってからの連絡に快く応じてくれて、勤め先の大阪から駆け付けです。

 

  

東儀秀樹さんの雅楽演奏も、枝垂れ桜のライトアップも素晴らしく、その後彼女の案内で鴨川沿いの素敵なレストランでグラスを傾けました。

こころから楽しい時間でした。

              (う〜ん、この日2万歩!(^_-)-☆)

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