レッスン楽器


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今村惇子ピアノ教室


ブログ

今年もよろしくお願いします。

投稿日:2023-01-28

昨年は大変お世話になりました。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。


年末は、家族交代で酷い風邪をひいてしまって

いろいろと大変でした。

OttOが、神奈川の高校で

防災授業を兼ねた講演の予定を 

急遽オンラインに変更して開催させて

いただきました。ずっとひどい咳が

続いていたのにその3時間は、

一度もせず、声もしっかり出して

頑張りました。さすがです!!


12月に大阪シンフォニーホールへ出掛け、

ピリスの演奏を聴いて、その後寒い夜に

お寿司屋さんでゆるゆるして で、

風邪ひきました。(>_<)

関西の握りは赤米(古代米ではなくて、

だしつゆがしみている)であったのが、

私にはびっくりでした。

私は銀シャリ(お笑いではなくて)が好き。

ピリスの演奏は、以前よりも身体を十分に使って

演奏するスタイルになっていて、

芯のある伸びやかな音の響きを作り出そうと

していました。フォルテのところは

これ以上無理なくらいにたたいていて、

あれ?と思いました。少し痛々しいですが、

それもピリスの特性(体が小さい)でしょう。

年齢による体力の問題もあるでしょう。

でもそのすべてが、

ピリスの音楽であり生き様であり、魅力的なのです。

一時、あまりに弱音すぎて聞こえないという

ピリスのうわさがあったが、今回のスタイルに

なったのはそのせいということはないと思います。

弱音すぎたというのは、音楽的な表現によるもので

あるし、またホールによっても違いがありますから。


今回のシンフォニーホールの音響は素晴らしく良くて

レトロ感満載なのも、とても気に入りました。


4月でまだ先ですが、ヤン・リシエツキの演奏会に

行きます。ショパンのエチュード ノクターンを

交互に演奏するという面白いプログラム。

10代の頃に注目していた天才のっぽ少年が

たくましい超天才青年ピアニストとなって来日です。

まだチケットはあると思います。皆様ぜひぜひ。


すずめの戸締まり

投稿日:2022-12-01

新海誠監督のすずめの戸締まりを観てきましたよ。

とても素直にすんなりと観ることができました。

期待していた映像美!それはそれは素晴らしく

もうちょっとこのままとどまっていて欲しいー画面が

初めにばんばん来ます。本当にきれい!ぜひぜひ

劇場でご覧いただきたいです。もう一度見に行こうと

思っています。いろいろな意見があるようですが、

それぞれ心揺さぶられたのではないかと思う。

テーマの重さを考えれば、よくぞまとめてくださいました

といった気持ちになり、実に私は感動しましたよ。

みなさんはどうだったでしょうか?


さて明日はピリスのリサイタルに行きます。

今日一度プログラムを弾いてみました。

弾くだけでも〜う感動しっぱなし。やはりベルガマスクは素敵だー。

メヌエットとパスピエに新たな魅力を発見!しました。

シューベルトはD664とD960。

奇跡の地球に生まれた人々のよろこび、かなしみ、

人生における様々な感動と再生をうたいあげているように

思います。また演奏を復活して日本に来てくださった

ピリスで聴けるとは、何とも贅沢なことです。

ピリスの再生と永遠の響きを堪能してまいります。


塩梅

投稿日:2022-09-19

夏の臨古書道展において、かな条幅の部で準推薦賞をいただきました。

重行集より夏の和歌を臨書しました。重文指定「重行集」は

徳川美術館所蔵なのですが、問い合わせたところ、

しばらく展示の予定がないとのことでした。しかし学芸員さんより、

5月に富山県の秋水美術館に出展予定があると教えていただき、

富山出張の折に本物を観てくることができたのです。

繊細な美しさにしばらく見とれていました。臨書は、文字通り

古筆に臨んでそれより、まねび(学ぶの語源)、書きます。

臨書には、形臨、意臨、背臨の3段階がありますが、

まずは細部までよく観察して形を真似て書く。次に

書いた人物の心や内容を考え、最後は手本を見ないで書く

背臨へとすすむ。

今はどこの段階だとは考えずに何度も書いているうちに

自然にすすんでいくように思います。しかし

見ないで書いているといつのまにか自分勝手になっていて

これはいかんいかん・・とあわてることになります。

臨書の面白いところは、同じ手本を題材にしていても

皆それぞれ違う作品になっていることにあります。殊更

個性を出そうと思わなくてもみな違います。

とても激しく厳しさが表れているものもあれば、どことなく

柔らかく寄り添ってくれる書もあります。自然とその書き手の

気質が表れるのだと思います。古筆から何を感じ取り、学び

共感し、表現したいのか。本当にひとそれぞれ塩梅が違うので、

興味深いものがあります。音楽も本質は同じです。

作曲家は、自分の閃きと熟考した音を楽譜にとどめ、

奏者は、原典版であればみな同じものを見て演奏する。

最初に「P」と書いてあっても、どのように弾きだすかは

全員ちがう。リズムも然り。

長い年月愛されてきた古典を学ぶ大切さがよくわかります。

臨書も同じです。そしていつか遠い日に、自分の音楽

自分の書となっていくのでしょうか。遠いなぁ〜。

 



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