井上ピアノ教室
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ブログ
シャヴァンヌ展
投稿日:2014-03-10
Bunkamuraザ・ミュージーアムで開催中のシャヴァンヌ展へ行きました。
控え目ながらも深い色合いで描かれた絵。その前にたたずむと、どこからともなく静かな祈りの歌が聴こえてきました。
1870年、シャヴァンヌが46歳の時に普仏戦争が勃発、フランスは壊滅的な打撃を受けます。がれきの山となった街、傷ついた人々。パリはかつてない危機に見舞われていました。終戦後、国の復興のためにパンテオンが建てられることになり、壁画をまかされることになったシャヴァンヌ。このパンテオンに描かれた「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」からは、疲弊した人々の心に何かを届けたいというシャヴァンヌの想いが伝わってきました。(展覧会の絵は画家自身の制作による縮小版です)
山の中の夕暮れに染まる静寂の湖。女神たちが集う水辺の理想郷。「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」(1884年)は、故郷のリヨン美術館に描かれた壁画の縮小版です。油彩とは思えない淡い色づかい、奥行きをなくした平板な画面が、幻想的な空気を醸し出していました。悲惨な戦争を目の当たりにしてきたシャヴァンヌは、この絵に平和への願いを託したのかもしれません。
壁画家として名高いシャヴァンヌですが、会場では、なぜか晩年に描かれた小品や習作の前で足が止まりました。かたく絡まった心の糸がほぐれていくような、やすらかな気持ちに包まれた展覧会でした。
新作オペラ「滝の白糸」
投稿日:2014-02-24
泉鏡花の名作を基にした新作オペラ「滝の白糸」が上演されるというので新国立劇場へ出かけました。一幕から三幕まで、休憩をはさみ3時間に及ぶ大作です。
作曲:千住 明、台本:黛まどか、演出:十川 稔、指揮:大友直人、テーマアート:千住 博
日本にはまだ、こんなに豊かで奥ゆかしい言葉があったのか…。精魂込めて紡がれた言葉と、詩情あふれる音楽とが一体となって生み出されたアリアに、酔いしれたひとときでした。色彩を迎え、無駄なものをできるだけそぎ落とした十川さんの演出。季節のうつろいが織り込まれた舞台は一幅の絵画のようで、私達を別世界へといざなってくれました。月の光が照らす夏の浅野川で、白糸と欣弥が再開する場面。ソプラノの中島彰子さんとテノールの高柳圭さんが歌い上げる玉響(たまゆら)の逢瀬は、息をのむ美しさでした。
あらすじ:水芸人「滝の白糸」は、乗合馬車の御者、村越欣弥と知り合う。金沢、浅野川の天神橋で再開し、欣弥が父を亡くしたために学問を断念したことを知った白糸は、自分が仕送りすると申し出る。思いがけない申し出に戸惑う欣弥。白糸は「お前さまの望みが叶えばそれでいい」と譲らない。欣弥が白糸の仕送りを受けて東京で暮らす間、白糸は金策に苦しんでいた。やっと工面したお金も南京出刃打ちの一団に奪われ、放心状態となった白糸は、たまたま出会った老夫婦をあやめてしまう。裁判当日、検事代理として白糸を尋問したのは、かの村越欣弥だった。白糸は欣也に促され、真実を白状し、死刑を宣告される。死刑前夜、欣弥は監獄の白糸を訪ね、恩人である白糸に極刑を下した許しを請う。その夜、欣弥は自らの命を絶つ。
自分以外の人には無関心という殺伐とした社会に生きているからでしょうか。「あなたの夢が私の夢。お前さまの望みが叶えばそれでいい」と欣弥のために一途に愛を貫く白糸の生き方に、心惹かれました。いつからか、愛されることばかりを求めるようになってしまった私達に、このオペラは本当の幸せとは何かを静かに問いかけているような気がします。
「玉響(たまゆら)の星の逢瀬を浅野川 水鏡して永久(とわ)に留めよ」
最後の場面で歌われた合唱が、今も心の中で鳴り響いています。
ふたりあやとり
投稿日:2014-02-13
底冷えのする一日でした。金屏風の前のお雛さまも震えているようです。
「先生、ちょっと手をかして」小さな生徒さんがレッスンバッグの中から出してきたのは、輪になった橙色の毛糸でした。私の手首にかけると何やら一生懸命、毛糸をすくっては指にかけています。小指まで全部かけ終えたところで、親指の輪を外して引っ張ると、あらあら不思議!毛糸はするするっと指の間を抜けて、元にもどってしまいました。
今度はかわりばんこにやってみましょうか。「つりばし」に親指と人さし指をさしこんで、すくうと「田んぼ」。上から2本の指でつまんで、すくうと「川」。受け渡すたびに、なつかしい模様が次々と現れます。ふと、子ども達が幼かった頃にタイムスリップしたような気持ちになりました。
世の中は便利になり、速くて簡単なものが好まれる傾向が、ますます強くなってきたように思います。すぐに楽しめるもの、すぐにできるもので、どこも溢れかえっています。でも、そういうもので、私たちの心は豊かになったのでしょうか。人と人との絆は太くなったのでしょうか。便利さと引き換えに、何か大事なものをどこかへ置きざりにしてきたような気がしてなりません。
積み木をそっと積み重ねていくように、人との信頼関係も、長い時間をかけて一歩ずつ築いていくものなのではないでしょうか。
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