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ピアノ教室コンセール・イグレック♪


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100人のピアノを聴いて

投稿日:2011-10-18

先だっての日曜日、第45回中日ピアノグレードテストピアノコンクールに出かけた。 

 

岐阜、高山、東京、名古屋でおこなわれた地区審査会で優秀だった幼児〜成人までの参加者が集い、皆それぞれの思いでステージに上がった。

 

今回審査に立ち会わせていただいたのだが、朝9時から計9時間にわたり、110名の演奏を聴いた。

これはどのコンクールでもそうだが、上手なひとはたくさんいてもそのなかで本人なりに指先に自分の思いを明確に伝え切れているひとは1割ちょっと。

これはひとえに練習量もさることながら、音楽に対する深い情熱のゆえん。自らの思いとそれを見守る素直で豊かな環境も必要だろう。

 

そんな中最優秀賞に選ばれたのは、下呂在住の小学6年生。

ドビュッシーの作品をまるでミューズの神が舞い降りてきたかのように、水を得た魚のごとく演奏した。 http://bit.ly/qNa2jH

 

きっと彼女自身も好調で、素敵な曲とも巡り会い、テクニック面での充実も相まって、感謝のこころで演奏できたのだと思う。こうしたすべての時機を兼ね備えたような瞬間に、こうして立ち会えることは幸せな一時。

また審査員全員一致でこの受賞が決まったのも、印象的だった。

 

 

授賞式が終わって岐阜駅に立つと、朝から12時間が経っている。すべてが無事に終わり、ほっとする。

 

 

年齢にかかわらず自分のものとして消化している演奏は、ほんとうに清々しい。

日頃指導にあたって思うことはたくさんあるが、教えることそのものよりも伝え切れているか、ということをいつも思う。

教えることはいくらも出来るが、それを本人が深く広く消化してゆくには、いつも音楽に対する情熱とすなおなこころがなければ本人のなかで広がってはゆかないだろう。

 

すこしでもいい音楽に触れ、上達したならじっくりと幸せに感じられるような心のゆとりを大切にしてほしい。

そうしてそこに留まらず、もっともっと出来ることを探してほしい。

 

また、自分は出来る!と言いきかせ、先生が何でも教えてくれる、と他人まかせにしない。 

自分から音楽をつかまえにいく、という構えはとても大切だし、こういった自主的なこころの積み重ねこそが実りとして本人に宿ってゆくのだから。

もちろん本人だけでなく、周囲にいる家族にもこうした思いが必要なのは言うまでもない。余計な期待や押しつけは厳禁だ。

 

 

楽器演奏って、人間性のすべてが出るもの。

だから人と比べて、とかそんなことよりも、自分の内側をしっかりと見つめてほしい。

 

「音楽を追求することは、すべて自分の内側にある。」と実にそう思うし、そういった強さをぜひつかんでもらいたいと思う。

 

Paris街歩き・・・

投稿日:2011-10-08

9月末予定通りParisから戻り、帰国したその日の午後からレッスンが始まっていて、秋のコンクール参加者による試演会をあさっての午前に控え、ちょっとひと息です。 

 

今回の旅行でのスナップを見ながら、出掛けたところを思い出しています。

 

まずコンサートでは、オぺラ・ガルニエでモーツァルト「皇帝ティトゥスの悲劇」を観賞、シャガールの天井画とも再会、佐渡裕指揮のパリ管弦楽団「シェラザード」は圧巻!(この日のチェロコンチェルト独奏マルク・コッペイもよかった。)、チョン・ミュン・フン率いるフランス国立放送フィルではモーツァルトのオーボエコンチェルトでフランソワ・シャルルーの超絶技巧に舌を巻き、ほかサント・シャペルでヴァイオリンとヴィオラのデュオを楽しみました。

  

      Opera Garnierにて

 

 

             Salle Palyel にて

 

またふたつのオーケストラのコンサート会場でもあったサル・プレイエルの隣りに構えるプレイエルPleyer本店でのピアノ試弾が、ことのほか楽しかったです。

    

        Pleyerにて

 

その他、ルーブル、オランジュリー美術館の再訪、モンマルトル博物館、クリュニー中世美術館、ジャックマール=アンドレ 美術館で始まったばかりのの「フラ・アンジェリコ企画展」 http://bit.ly/mZR2DMなど、街歩きの途中にも美術館がたくさんあります。

 

    クリュニー美術館

 

お世話になったパリの友人がグルメなこともあって、名の知られたところ、パリで人気上昇中の店、いつも行列のできる店、ふらっと入れて美味しい店など、滞在中ずっと美味しいお店に通いづめ。・・・

秋に入ったところで大好物の生牡蠣も食べられたし、友人の旦那さんがモンサンミッシェル産のムール貝のボイルを手料理して下さったり、また南仏でよく食べた懐かしいスープ・ド・ポワソンの味にも触れることができました。

 

とくに地元っ子に人気のお店L'ecumo St.Honoreで注文したお皿を待っているとき、近くに住んでいるというKENZOがふらりと立ち寄り、びっくり。

 

でもさらにびっくりしたのは、このお店を出てしばらく歩いた時だった。

にわかに周囲が熱くなり?、パシャパシャとシャッター音が鳴り響く。ん?と思った瞬間、車からサッと降り、階段を脱兎のごとく駆け上がり、教会のなかへと入っていった紳士。・・・

カフェでくつろぐ街のムッシューたちが「アラン・ドロンだよ。」とささやき合っている。

シャキッと背筋を伸ばし、肩ごしにピクピクっと背後に神経をめぐらしている様子に、幾つになってもたいへんだなぁ、と思ってしまった。(+o+)

カトりーヌ・ドヌーブもこの界隈に住んでいるということだから、こんなこともあるのか。 

      

  ブロンという大きくて丸い牡蠣を堪能。この店にかのKENZO氏が!

        

   大好きなSoupe de Poissonも食べられてしあわせ!

 

日曜日には友人と友人のご主人と3人で、Velib(街に設置してある自転車)に乗ってペール・ラシェーズにショパンの墓を訪ねる。歩道ではなく、バスやタクシーといっしょに走る自転車は最初こそすこし要領がつかめず危なっかしかったが、目に飛び込んでくる風景は何ものにも替えがたい。

お二人のリードがなければとても無理だが、有り難い経験をしました。

 

 

 

  G・シャルパンティエの墓    パリ市内の貸し自転車

      ショパンの墓

 

この日はマレ地区を歩き、その後サン・ルイ島からシテ島へと歩き、サント・シャペルでのコンサートに行ったのだが、その後友人宅からほど近いお店で夕食をすませ、家に戻ろうという時、「SONIA RYKIEL」のウィンドウを眺めているマダムを見て「あれ、イザベル・アジャーニ!」・・・

フランスではだれでも知っている女優ということだったがすぐにはわからなかった。でも映画「カミーユ・クローデル」主演と聞いて思いだした。

ん〜、すごい!

今回ずっとお世話になった友人の家というのが、通りに面した門からソニア・リキエルまで30秒、「RALPH LAUREN」まで1分。有名な老舗店「カフェ・フロール」まで3分内、ルーブル美術館まで5分というところ。

このサン・ジェルマンの「ラルフ・ローレン」、3、4年の改築を掛けてごく最近オープンしたという。入ってみると美術館のごとく、貴賓な衣服たちがアートのようでした。 http://bit.ly/aiEHPt

 

  

 ジャックマール=アンドレ 美術館にて    Musée de l'Orangerie

 

友人がパリ中心の高級ブティック街のすぐ際に面したアパルトマンに住んでいることで、一歩出ればもうにぎやかで颯爽とした喧噪の只中にいられる。

クリュニー美術館、サン・ジェルマン教会はすぐ近くだし、オペラ座やオランジュリー美術館までも徒歩圏内。

お店のディスプレイは綺麗だし、道行く人々の洗練度も映画のなかにいるみたい。

とにかくよく歩いた。

これまでメトロをよく使ったが、結構徒歩で歩ける距離内なのだということを今回実感した。

せっかく素敵な街にいるのにわざわざ迷路のような地下にもぐらなくても、てくてく地上を歩くほうがパリの街はずっと楽しい。

写真でもご覧のように、何といっても街の色遣いのセンスは素敵です。

 

人気上昇中の<Passage53>にて 

 

街を歩き回り、美味しいものを食べ、いい音楽を聴き、滞在先のおうちは英語圏、街に出ればフランス語圏で耳に入る音が気にならず、そんななかで日本語を話せる友人と行動を共にでき、耳にも目にも舌にもまったく心地よいParis滞在でした。感謝!

 

 

     

   Basilique du Sacré-Cœur パリで一番美味しいバゲットの店

              (モンマルトルにて)

 

      

 

 

音楽に大切なもの

投稿日:2011-05-20

5月15日、日本ピアノ教育連盟東海支部の主催で、恩師小林仁先生の講演「日本人にとってのショパンのマズルカ」を聞いた。

 

日本人にマズルカが分かるのか、など兎角マズルカの演奏はむずかしいとされるけれど、ポーランドの民族舞踊としてのマズルカを分からなければならない訳でないとしながら「ショパンのマズルカを読み解くには?」という命題を、3つの観点から紐解いてゆく。

 

「AであるということはBである可能性がある。少なくともCということはない。」こういった考え方は、楽譜を読み、そのなかの音楽を紐とき考えてゆくとき、極めて有効な方法だ。

 

私たちは「ここはfですよ。」「ここはアクセントが書いてあるでしょう?」みたいに訳もなく書いてあることを忠実に守っていれば演奏が出来上がるかのように学んできている(と思う)が、楽譜の中身というのはじつにさまざまな情報に満ちたもので、1曲1曲をいろいろな視点から見つめ直し、吟味し、考えを深めてゆくべきものなのだと思う。

音楽は、奥深いところでは断定的なことより疑問形のほうがはるかに多い。

 

「ショパンの弟子レンツがショパンのレッスンを受けているところにマイヤベーアが入ってきて、演奏中のこのマズルカ作品33-3は2拍子ですね、と言った。ショパンは弟子に代わって3拍子だと言って演奏してみせたが、尚もマイヤベーアは2拍子だと主張したため、ショパンが激怒した」という有名なエピソードを引合いに出しながら、マズルカの拍感についての熟考に入ってゆく。この辺り、先生流石だなぁ、と聞いていた。

 

音楽はわからないことだらけ。「マズルカは2拍めもしくは3拍めにアクセントが置かれる。」など、こうこうこう、と定義されてもそれだけで単純に解決できないことばかり。

そこを「〜であるということは、〜であると言えまいか。」「〜であるということは、〜を導くのではないだろうか。」といった考え方はとても大切な構えと思った。

 

常々教えることに従事していると何でも決めつけて教える場面も多いし、生徒たちもそうして何でも教えてもらえるものと信じている訳だけど、音楽はそういつも簡単に割り切れるものではない。・・・そうやって考えを深めながら生徒たちにも考えを導いてゆく、という姿勢は、相手が小学校3、4年生にもなれば有効だと私は思っている。

(そもそも私の幼児入門ではピアノを始めて数カ月の3、4才児にでも、ド、ド、ドーとだけ弾く生徒の音に様々な伴奏をつけて、どれが一番よかった?、こっちとこっちではどんな風に違って聞こえた?など、生徒本人の考えをしっかりと導いてきているから。・・・)

 

またここ数年考えてきていることで生徒たちにもレッスン中しょっちゅう話している、よく音楽の教科書に書いてある、1拍めのアクセント=強拍の概念に対する懸念についても、先生のお話のなかで束の間だが触れられて、嬉しく思ったりした。

 

「拍のカウンターウェイトがあるのがマズルカではないか。とすると、ショパンのワルツ第7番、第10番などはどうしてもワルツというより、マズルカに聴こえる。ショパンにとってのワルツは異国のものであり、どうしてもマズルカ的(ポーランド的)要素がみられるのではないか。」

・・・先生はこうして楽譜を丹念に読み解いてゆかれる。

 

こういった多角的で抽象的な考え方は、音楽を深く理解してゆくのにたいへん大切な鍵になる。

 

晩年のマズルカでは、ポリフォニックな傾向が出てくるが、バッハが好きだったというショパンも「ロマン派の時代においては、今の時代のようにバッハなりのすべての作品を知る由もなく、平均律は全曲知っていたとしても、たとえば”音楽の捧げもの”といった作品は知らなかったのではなかろうか。」・・・ 先生にかかると、音楽史も立体的に見えてくる。 

 

小林仁先生の講義、私にはとても有意義でわかりやすく、楽しかった。

 

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