ピアノ教室コンセール・イグレック♪
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イタリア世界遺産の街materaにて
投稿日:2010-11-08
そう、何故かマテーラなのである。
この10月の後半、22日からイタリアに出かけた。
母が昭和11年創立の西洋絵画の「一水会」会員として油彩に精を出していて、画歴云十年というベテラン会員揃いのなか未だ絵筆をとって8年にも満たない遅まきながら、5年連続入選のペース。以前旅行でふと訪れた世界遺産の街マテーラのサッシの風景を描いているのだが、「もう一度訪ねてみたい。今度はそこに泊まって朝の風景も夜の佇まいも見たい。」と昨年から何度となく言われていて、今回ナビゲーター役なのである。
行程がぴたり合うツァーを探し出し、関空から出発。Romaを経てNapoliに着き、1日はカプリ島の周遊につき合うがその後ツァーを離団し、materaに2日滞在。そこから帰国便に乗る前日の深夜に、皆が宿泊しているRomaのホテルにチェックインするという強行スケジュール。 Matera−Bali−Romaの鉄道の乗り継ぎにもし何かあったら帰国便に間に合わない。イタリアの鉄道はユーロスターでさえも平気で5分、10分と遅れてくる。タイム管理と道案内役で、乗り込むまでちょっと冷やひやだ。4時間強揺られて着いたローマでは幸い深夜タクシーにも何らトラブルなく、予定通り帰って来れた。
私としては折角のヨーロッパだから、初日のナポリでサンカルロ歌劇場のコンサートに行きたいとか、最終日のローマ滞在4時間でFazioliのピアノ工房に出掛けたい、など希望はあったが、ナポリのホテル到着は7時を回っていたし、Fazioliは先にローマ入りしていた添乗員さんにも調べてもらっておいたのだが、どうやら情報入手していた住所から移転していたようで、事前調査不足でタイムアウト。
「ヨーロッパの空気を吸うだけでも。・・・」と大人の生徒さんからうらやましがられたが、こちらとしては何でこんな時に?と言いたいような時期。それに10月29日には京都でマウリツィオ・ポリーニのピアノリサイタルがあり、6月から楽しみにしていたもの。28日夕刻に関西空港に到着、夜10時すぎ京都のホテルにチェックインするというプラスアルファのスケジュール。22日に名古屋を出てから着いた先では数時間の滞在が続き、飛行機、バス、船、鉄道・・・と、移動に次ぐ移動の連続。さすがに29日はポリーニの公演前に京都市内の楽器店に寄ってピアノを触りたいと思い調べてあったが、コンビニのおにぎり片手に爆睡!・・・
(materaの風景。サッシを残したホテルに泊まる。)
振り返るとわずかに、materaの街並や印象が思い出される。
ヨーロッパは、石の建築物の文化である。
街を歩いていても石畳が広がり、石の建てものに囲まれ、街の雑踏、車のエンジン音、そして鳥のさえずりまでも、この石の文化が創り出す音響の中でそれらを聴くことになる。
言葉を換えれば、もわっと天空に抜けるようにすべての音が聞こえるのだ。
日本に戻ってそうした日常の音を聴き比べると、ほのかな余韻と言うべきその残響がこちらには決定的にない。だからこそ(楽器を触る時)よほど音のゆくえに集中していないといけない。ずばりこの感覚の差こそすべて、という気がする。
今回の久しぶりの渡欧ではコンサートを聴くことも、ピアノの音すら聴くこともなかったが、実に聴力が研ぎ澄まされて戻ってきた。
とは言え、そうした耳の変化は1週間もすれば日本の環境下に戻ってしまうものだが、今回ほどその違いを明確に覚えたことはない。
石の街と言われるmateraならではのことかも知れないし、1週間ぶりに聴いたピアノの音がポリーニの音だった、ということも、私にとっては麗しい出来事だったのかもしれない。
この日の公演プログラムはBach平均律第1巻全曲で、一夜にしてこのプログラムを聴けたことはとりわけ幸せだった。この日のポリーニはミスタッチや時折テンポが異常に速くなったり等完全なコンディションではなかったと思われるが、しかしそれらは「その彼の音」のなかの出来事であり、ポリーニが出す音はこの上なく美しく、それだけでも見事なくらいひとつの音が残す余韻は、彼の美学と思う。
ひとつの音に倍音を聴く、という感覚がなければ、Bachは音楽にならない。スケール的なパッセージが絡み合うところが美しく、音階のひとつひとつの音は倍音をたっぷりとふくませたやわらかな響きに包まれ、ハーモニーを予測させる。3度並行のパッセージは、ただ音階の動きを聴いているだけで充足する。アルペジオの音列によるリフレインでは、陽の光のもと麦穂が風に揺らぐような温かさや自然の風景が思い浮かぶ。細かく動く音のうつくしさを担っているのがそれと対比する音との倍音関係によるものであるということを、刻々と眼の前で、奏で聴かせてくれる。まったくライブ演奏の醍醐味を味わった。
7時開演で、全曲が終わった時は優に10時を回っていた。
壮大なプログラムのあと、ポリーニに拍手を送っているのかバッハに送っているのか、わからないような感動を覚えた。
(母を関空で見送り友人と落ち合って、建仁寺と祇園丸山で舌鼓。日本は木の文化。)
このところピアノを教えていて、ひとつの音の後続する音に対する倍音構造を察知する能力を繰返し伝えることが、じつはとても大切だと感じている。それは楽器を奏でる上で平均律の音を紡ぐ基本だし、そこをつかまなければ自分の音が自分の言葉にはなり得ない。そしてその感覚というのは、先述したヨーロッパの石文化がもたらす音の響きと相関関係にあるような気がしてならない。
それはヨーロッパ音楽の仕組みの基調であり、要の部分なのだと思う。
今回出かけたひょんな旅での思いがけない聴覚体験、今後のレッスンでもやがて生きてくることになるだろうと予感している。
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